MSR® STORY:年間の歩み

1969年

好奇心の源泉:ラリー・ペンバシーによる活動
1969年、シアトルに活動の拠点を置いていた登山家のラリー・ペンバシーは、人々の「山での安全」に対する意識の向上を図ろうと「Mountain Safety Research(MSR)」を設立しました。
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好奇心の源泉
1969年、シアトルに活動の拠点を置いていた登山家のラリー・ペンバシーは、人々の「山での安全」に対する意識の向上を図ろうとMountain Safety Research(MSR)を設立しました。ペンバシーはそれ以前にも、やはりシアトルに拠点を置いていた非営利団体The Mountaineersにて、セーフティーギアを独自にテストしていました。そこでのテスト結果は、当時市場に出回っていた登山用具が公表されているスペックよりも低い荷重でしばしば破損してしまうというものでした。ペンバシーの研究が人々の関心を「山での安全」に向けさせる一方、The Mountaineersでの彼の研究を支えるための資金は不足していきました。そこで1969年春、ペンバシーはMountain Safety Research, Inc.(MSR)を設立し、独自に行った登山用具のテスト結果をまとめたニュースレターを発行し、ニュースレターの売上げでフィールドテストを繰り返しました。幅広いテストと研究開発を重ね、MSRはその後MSRのブランド名で革新的な登山用具を世に送り出し始めました。

MSRニュースレターの創刊
登山用具のテスト評価にかかる費用を捻出するため、ペンバシーは市場に出ている優良な登山製品を ニュースレターで紹介し、自らも販売することにしました。
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1969−MSRニュースレター創刊
登山用具のテスト評価にかかる費用を捻出するため、ペンバシーは市場に出ている優良な登山製品をニュースレターで紹介し、自らも販売することにしました。
ニュースレターが成功を収める中、ペンバシーは自分たちの手でよりよい製品をデザインし、作りだすことができるのではないかと考えるようになりました。当初ペンバシーは革新的な製品のデザインをMSRで行い、製造は外注でと考えていましたが、直ぐに思い直し自社内での製造を決意しました。間もなく、同社が販売するほとんどの製品にMSRのブランド名が付くようになりました。

オートビレイデバイス
MSRのオートビレイデバイスには、クライマーが墜落した際に予めローディングされている1.8mのたるみ部分が繰り出し、ショックを和らげるビレイシステムへのショック吸収システムが備わっていました。

初期に販売されていた製品
ペンバシー自身の登山の趣味もあり、MSRニュースレターに初めて登場した製品はMSRの初代スノーアンカーと、エドモントの寒冷地用グローブでした。
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1969−最初の製品
ペンバシー自身の登山の趣味もあり、MSRニュースレターに初めて登場した製品はMSRの初代スノーアンカーと、エドモントの寒冷地用グローブでした。間もなくして、MSRはハードウェア製品の開発・製造のみでなく、ソフト製品の製造も開始しました。

最初のスノーフルーク
MSRから革新的なスノーフルークが発売されると、MSRは「山の基準」に革命をもたらし始めました。
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1969-スノーフルーク
MSRから革新的なスノーフルークが発売されると、MSRは「山の基準」に革命をもたらし始めました。発売されたスノーフルークは、浅い角度で曲げられた高張力アルミ板とスチールケーブルで安定性と強度を備えていました。

より安全なクライミングロープ
1969年、MSRは10.5mmのダブルブレイドのクライミングロープを発売しました。
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1969−10.5ミリのクライミングロープ
1960〜1970年代初頭に至る所で見られていたクライミングロープのゴールドラインは、ペンバシーの研究によりその欠点が明らかになりました。この研究結果を受け1969年、MSRは10.5mmのダブルブレイドのクライミングロープを発売、続けてフィールドでの様々な状況に対応できるよう長さや直径の異なるロープを市場に送り出しました。

スピーディーアイススクリュー
MSRの初代アイススクリューには約1,360kgの耐荷重がありました。
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1969−アイススクリュー
MSRの初代アイススクリューには約1,360kgの耐荷重がありました。また鋭利な先端の刃、外周のスクリュー、溶接されたハンドルで構成されていたため、アイススクリューの抜き差しを素早く行うことができました。

1970年

アイゼンの「コンクリートフィート」防止
MSRはアイゼンに滑らかなPVCプレートを組み合わせることで、足元の雪がダンゴ状態で固まってしまう、危険な「コンクリートフィート」の防止を実現させました。

レスキュー用プーリー
MSRは山での安全という観点からレスキュー関連の分野にも意欲的で、ナイロンとノンロッキングシーブを用いて、従来のロッキングカラビナをプレーンベアリングプーリーに変えたレスキュー用プーリーを発売しました。
        
高強度のイーグルピッケル
ペンバシーが行ったテストにより、木柄のピッケルには体を支えるだけの十分な強度がないことが分かりました。
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1970−イーグルピッケル
ペンバシーが行ったテストにより、木柄のピッケルには体を支えるだけの十分な強度がないことが分かりました。この結果を受け、MSRは1970年代初頭に金属とグラスファイバーを使ったピッケルの製造を開始しました。ブレードの構造が異なる2種類のピッケルが製造され、製造されたイーグルピッケルはデザインが先進的で、狭い角度が特徴でした。

ラペリング用ブレーキバー
MSRはラペリング用具の軽量ブレーキバーを設計しました。
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1970−ブレーキバー
ラペリング時の降下スピードを登山者がコントロールしやすいよう、MSRはラぺリング用の軽量ブレーキバーを設計しました。このブレーキバーは他の多くのギアと互換性があるものでした。

クリーンクライミング用ワイヤー付チョック
登攀スタイルがクリーンクライミングへ移るのと足並みを揃えるかたちで、MSRは1970年代前半にワイヤー付チョックを発表しました。
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1970−ワイヤー付チョック
登攀スタイルがクリーンクライミングへ移るのと足並みを揃えるかたちで、MSRは1970年代前半にワイヤー付チョックを発表しました。この頑丈な鋳造アルミ製のチョックはワイヤーケーブル付きで、約1,360kgの荷重で試験されました。

初期のスノーピケット
MSR初期のスノーピケットは高張力のアルミ製で下部に抜けにくいねじ山があり、簡単に抜き差しができるスチールヘッドが特徴でした。また、登山者を事故から守り続けた初期モデルから現在のMSRスノーピケットへと発展しています。

シアトルのショールーム
1970年代初頭、ペンバシーはシアトル市内に店舗販売を兼ねたショールームをオープンしました。
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1970初頭−MSRショップ
1970年代初頭、ペンバシーはシアトル市内に店舗販売を兼ねたショールームを、その後、旧REIショップの向かい側に新店舗をオープンしました。

1971年

ピッケルの安全基準
木製シャフトの小型ピッケルが一般的だった1970年代初頭、MSRのテストにより木製のシャフトには確実に滑落を防止するための十分な強度がないことが明らかになりました。
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1971−ピッケルの木製シャフトの安全性
木製シャフトの小型ピッケルが一般的だった1970年代初頭、MSRのテストにより木製のシャフトには確実に滑落を防止するための十分な強度がないことが明らかになりました。ニュースレター第5号の中で、ペンバシーはこれら旧式のギアは「時代遅れ」であるとの声明を発表し、MSRは強度のあるメタルシャフトピッケルだけでなく、旧式のピッケルをファイバーグラスと樹脂製に交換できるキットの販売も開始しました。

ウィックワイアとボルトンの遠征
ジム・ウィックワイアとエド・ボルトンはレーニア山(4,392m)のウィリス壁センターリブへの2度目の登攀へ挑んでいたところ、45°に傾斜した氷の壁に直面しました。
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1971−ウィックワイアとボルトンの遠征
ジム・ウィックワイアとエド・ボルトンはレーニア山(4,392m)のウィリス壁センターリブへの2度目の登攀へ挑んでいたところ、45°に傾斜した氷の壁に直面しました。彼らのアイゼンは2度にわたり堅固な氷壁を滑り2人は激しいセルフアレスト(滑落停止)により一命を取り留めました。激しいセルフアレスト時に2人の命を救ったのがMSRサンダーバードピッケルでした。

1972年

サンダーバードアイスピッケル
MSRの第二世代アイスピッケル、サンダーバードアイスピッケルは、クロムモリブデン鋼のヘッド部分に鋭いピックを付けたデザインが特徴的で、航空機品質のジュラルミン製シャフトが初めて採用されました。
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1972−サンダーバードアイスピッケル
MSRの第二世代アイスピッケル、サンダーバードアイスピッケルは、クロムモリブデン鋼のヘッド部分に鋭いピックを付けたデザインが特徴的で、航空機品質のジュラルミン製シャフトが初めて採用されました。MSRはまた、サンダーバードの完成度への自信から、どのような理由であれ製品を気に入らないユーザーには送料を含めた全額を返金するという保証を設けました。

リモート燃料革命
広範囲に及ぶフィールドテストにより、特に冬山などでの過酷な条件下では、ストーブの燃料供給方法が安全とパフォーマンスに大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。
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1972−リモート燃料革命
広範囲に及ぶフィールドテストにより、特に冬山などの過酷な条件下では、ストーブの燃料供給方法が安全とパフォーマンスに大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。そこでMSRは燃料タンクをバーナーから切り離すという革新的なアイディアを打ち出しました。このデザインは、過酷な条件、特に低温下と標高の高い場所においてよりすばらしい安全性、効率、パフォーマンス等多くの利点をもたらすことが社内テストで証明されました。そして1973年、MSRはモデル9を発売しました。

1973年

モデル9ストーブの登場
脱水症状が急性高山病を引き起こす原因の一つであることから、MSRはより早く雪を溶かして飲料水を作ることができるストーブを設計し始めました。
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1973−モデル9ストーブ
脱水症状が急性高山病を引き起こす原因の一つであることから、MSRはより早く雪を溶かして飲料水を作ることができるストーブを設計し始めました。1973年、今なお伝説となっているモデル9がデビューしました。モデル9はリモートフューエル方式のストーブで、軽量でコンパクトな形状、ガソリン以外にもストーブ用燃料、ランタン用燃料も使えるマルチフューエルが特徴でした。登山やクライミングのスタイルを変えたモデル9の機能性は、現行モデルのXGK™EXに継承され、そのDNAは多くの他のストーブにも引き継がれることになりました。

アンダーアームジッパー付パーカー
1970年代半ば、MSRは断熱材を使用したジャケット、MSRパーカーなどテクニカルなソフトグッズも手掛けていました。
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1973−パーカー
誰もがMSRはハードギアのメーカーであることを知っています。しかし、1970年代半ば、MSRは断熱材を使用したジャケット、MSRパーカーなどテクニカルなソフトグッズも手掛けていました。MSRパーカーは合成繊維の冬用コートで、ポリエステルの断熱保温材の使用量によってミディアム、ヘビー、エクストラヘビーの3つのグレードがありました。また素早く内側にこもった熱を排出することができるよう取り付けられた、機能的なアンダーアームジッパーが特徴でした。

ストーブの効率性の強化
登山者は大量の雪を溶かさなければならないことから、MSRではストーブの効率性を上げる方法を考えるようになりました。
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1973−熱反射器と風防スクリーン
登山者は大量の雪を溶かさなければならないことから、MSRではストーブの効率性を上げる方法を考えるようになりました。MSRがとったシンプルかつ確実な方法は、熱を逃がさず風の影響を避けるために、炎下部およびポットの周りを囲うアルミ製の熱シールド板を使用することでした。このアイディアは今日もなお生かされています。

MSR山岳用テント
MSRのダブルウォール構造のトンネル型山岳用テントは、瞬く間にバックカントリーでのアイコンとなりました。
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1973−山岳用テント
MSR初のテントが設計され、プロトタイプが完成すると、品質検査チームは過積載の許可証を取り、テントをピックアップトラックの後部にボルトで留め、風洞実験として地元のハイウェイを走り、プロトタイプを秒速27m以上の風にさらす実験を行いました。これは地元紙シアトルタイムズの関心を大いに引くことになり、このダブルウォール構造のトンネル型山岳用テントは、瞬く間にバックカントリーでのアイコンとなりました。

登山用ヘルメット
1970年代半ば、MSRは当時市場に流通していた登山用ヘルメットのテスト評価を行い、強度や滑落時のヘルメットの装着状態に大きな改善の余地があることに着目しました。
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1973−登山用ヘルメット
1970年代半ば、MSRは当時市場に流通していた登山用ヘルメットのテスト評価を行い、強度や滑落時のヘルメットの装着状態に大きな改善の余地があることに着目しました。MSRはその後、革新的で新しいストラップシステムを設計し、通気性を備えた強くて軽量な最新の材料を採用した登山用ヘルメットを開発しました。MSRの登山用ヘルメットは視線を妨げることも耳を塞ぐこともなく、最大限に頭部を保護するものでした。また開発されたストラップシステムは、滑落時のヘルメットのずれを最小限に抑えました。

登山者が認めたストーブ
1973年、スキップ ・エドモンド他3名は、MSR最初のストーブのプロトタイプをアラスカ州ハバード山(4,493m)の南西側の尾根でテストしました。
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1973−エドモンドらの遠征
1973年、スキップ ・エドモンド他3名は、MSR最初のストーブのプロトタイプをアラスカ州ハバード山(4,493m)の南西側の尾根でテストしました。ストーブは申し分ない性能を発揮し、店頭に並ぶ前から厳しいコンディションでの使用に対する信頼性を確立しました。

1974年

高性能なバックカントリー用ヘッドライト
1970年代初頭、MSRは高性能なライティングシステムを開発しました。
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1973−ヘッドランプ
1970年代初頭、MSRは高性能なライティングシステムを開発しました。最初に発表したのは、焦点固定型のエバーレディヘッドランプとビーム調整が可能なワンダーヘッドランプでした。どちらのヘッドライトにもアルカリバッテリーとリモートバッテリーケースが使われていました。

レーニア山への入山規制
1970年代半ば、アメリカ合衆国国立公園局(National Park Service:NPS)はレーニア山国立公園へのビジターの入園規制の実施(大部分の区画へのアクセスを規制)を検討していました。
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1974−登山者のレーニア山への入山規制
1970年代半ば、アメリカ合衆国国立公園局(National Park Service:NPS)は登山者のレーニア山国立公園への入園規制の実施(大部分の区画へのアクセスを規制)を検討していました。この規制に反対するペンバシーは自身のMSRニュースレターを使い、この問題に対する人々の意識を高め、彼が設立したレーニア山登山者救済基金への資金を募りました。ペンバシーがNPSに対して訴訟を起こすと、次第に状況は政治的な色合いを増し長期化しましたが、ペンバシーは決して引き下がりませんでした。

パネルローディングパック
MSRのアルミフレーム式バックパックは背中部分のフレームを幾重ものコードで結んだ構造でした。
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1974−フレームパック
MSRのアルミフレーム式バックパックは背中部分のフレームを幾重ものコードで結んだ構造で、荷重が背中全体にかかるようコードを調節して担ぐことができました。これに加え、業界初のパック前面を大きく開くパネルローディングシステムを取り入れることで、内部コンパートメントに素早くアクセスできるデザインでした。

ニーズに合わせた登山用ロープ
ロッククライマーが激しい使用に耐える強靭なロープを必要とする一方で、普通の登山者は短い距離をラッペルするロープを必要としている点に着目したMSRは、10mmのトレッキング・ロープや、テクニカルな要求を満たす11mmのロープなど、様々な直径や長さ、強度を持つダブルブレイドのロープの生産を開始しました。

ロックリンクカラビナ
安全性の向上と、ロープとハーネスを収納しやすくするため、MSRの ロックリンクカラビナ(耐荷重:約2,270kg)にはネジ付きナットが採用されました。

急性高山病の教え
数えきれないほどレーニア山に登っていたペンバシーは、同じ標高であっても体調が良い日とそうでない日があることに気がつきました。
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1974−AMS:急性高山病
数えきれないほどレーニア山に登っていたペンバシーは、同じ標高であっても体調が良い日とそうでない日があることに気がつきました。様々な理由が考えられる中、身体の水分レベルと健康状態に相関関係があるのではないかと気づいたペンバシーは、MSRニュースレターを通じて標高の高い場所では十分な水分レベルを維持する必要があることを読者に伝えました。ペンバシーは、水分補給のために気温、高度、燃料の種類に関わらず、素早く確実に雪を溶かすことの重要性を理解するに至り、それはMSRにとって極めて重要な気づきとなりました。

サイクリングヘルメット
1974年、MSRは自転車愛好家のためのサイクリングヘルメットを世に送り出し、自転車の安全性へ大きな貢献を果たしました。

1975年

チューブラーアイススクリュー
MSRの第二世代アイススクリューにはアルミではなくクロムモリブデン鋼が採用されました。
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1975−チューブラーアイススクリュー
MSRの第二世代アイススクリューにはアルミではなくクロムモリブデン鋼が採用されました。表面にはニッケルクロムメッキが施され、チューブ内部には氷芯を抜きとりやすくするためにエポキシコーティングが施されていました。その他にも、スクリュー部分に強度を加え、ハンガーを溶接し、鋭利な歯を付け、ネジ山の形状を改良したことで約2,040kgの動的荷重に耐える製品となりました。これは、当時の他メーカーの製品と比べて2倍の強度がありました。

モデル9ストーブシリーズ
モデル9ストーブの成功を基に、MSRはいくつもの次世代バーナーを世に送り出しました。
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1975−モデル9DFストーブ
1975年、MSRはモデル9で収めた成功を基に、ホワイトガソリンやストーブ、ランタン用燃料に加えて、灯油も使用できる次世代バーナーのシリーズを生み出しました。1975年にリリースされたモデル9MFに続き、1977年に発売されたモデル9DFは、技術、燃焼効率が更に良くなり、バックカントリーでのパフォーマンスの向上をもたらしました。

リチウムバッテリー
MSRのエバーレディー、ワンダーヘッドランプは山での使用に適していましたが、使用しているアルカリ電池ではヘッドライトの性能を存分に発揮することができませんでした。
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1975−リチウムバッテリー
MSRのエバーレディー、ワンダーヘッドランプは山での使用に適していましたが、使用しているアルカリ電池では、氷点下の環境では、容量の15%ほどしか使用することができませんでした。そこで1977年、MSRは業界で初めてリチウムバッテリーを搭載したヘッドライトをリリースしました。この新しいヘッドライトに搭載されたリチウムバッテリーは、長時間の使用に耐え、アルカリバッテリーに比べて2倍のパワーがあり、氷点下における容量の損失はわずか4%に過ぎませんでした。更に従来品より軽く、価格もより経済的でした。

PHレベルと急性高山病
ペンバシーは登山者に登山中の尿のpHレベルのモニター協力を依頼しました。
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1975−急性高山病とpHレベル
ペンバシーは標高の高い場所での登山者の体内水分レベルと体調の因果関係の調査を進めるにあたり、登山者に登山中の尿のpHレベルのモニター協力を依頼しました。当時は砂糖と重炭酸ナトリウムを混ぜ合わせた飲料が登山者の尿を健康的なpH値に保つと考えられていました。そこでペンバシーはMSRニュースレターで、非公式ながら調査結果を公表し始めました。

1976年

業界初のピットジップ
断熱保温材を使用したMSRパーカーは、両腕下部と両脇にジッパーを取り付けるという画期的なものでした。
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1976−ピットジップ
1973年に発表された断熱保温材を使用したMSRパーカーは、両腕下部と両脇にジッパーを取り付けるという画期的なものでした。更にMSRは業界で初めて「ピットジップ」を取り入れました。2方向に動くジッパーとスナップで留めるストームフラップは、フラップで風雨の進入を防ぎながら内部にこもった熱を素早く放出するものでした。MSRはハードギアの開発・販売に特化するため、徐々にソフトグッズの取扱いをやめてしまいましたが、他メーカーはこぞってこの画期的なアイディアを取り入れました。

1977年

ゴアテックスギア
1977年3月、MSRはゴアテックスを使ったジャケット、レインギア、山岳用テントの販売を開始しました。
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1977−ゴアテックス
雨の多いシアトルに拠点を置いていたMSRは、使用する生地にもこだわっていました。多くの生地メーカーが撥水性を求め化学コーティングを施す中、MSRは通気性が良く、防水性のあるメンブレンにこだわったゴアテックスを早くから取り入れていました。1977年3月、MSRはゴアテックスを使ったジャケット、レインギア、山岳用テントの販売を開始しました。

1978年

モデルGKの発売
登山家達はモデル9DFのマルチフューエルの利便性に引きつけられました。
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1978 - Model GK Stove
1978−モデルGKストーブ
登山家達はモデル9DFのマルチフューエルの利便性に引きつけられました。モデル9DFはその後モデルGKに引き継がれ、モデルGKは、ホワイトガソリン、灯油、有鉛ガソリン、無鉛ガソリン、ディーゼル、その他航空機用燃料をも使用することができました。多くの場合、未開発地域や発展途上国において燃料を調達することには限りがあり、その点でどんな燃料も使用できるモデルGKは登山、探検など海外遠征をする登山家などの間でマストアイテムとなりました。

レーニア山に関する訴訟の和解
ペンバシーとレーニア山登山者救済基金はアメリカ合衆国国立公園局に対し、レーニア山国立公園に関する規制を取り下げさせることに成功しました。
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1978−レーニア山に関わる訴訟の和解
長年にわたる議論と訴訟の結果、ペンバシーとレーニア山登山者救済基金はアメリカ合衆国国立公園局に対し、レーニア山国立公園に関する規制を取り下げさせることに成功しました。この訴訟を担当した弁護士が登山愛好家の同志であったこともあり、4年に及ぶこの戦いにかかった費用は合計7,128ドルで済みました。さらにペンバシーは、その努力を全面的に支持する登山愛好家から、6,650ドルの寄付金を集めることに成功しました。

アイスホーククライミングツール
MSRのアイスホークツールは、短いシャフトに取り付けられた非常に鋭いピック、機能的なグリップ、そして下側に広がるように下がっているあぶみが特徴的でした。
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1978−アイスホーク
MSRのアイスホークツールは、短いシャフトに取り付けられた非常に鋭いピック、機能的なグリップ、そして下側に広がるように下がっているあぶみが特徴的でした。プロトタイプを見たペンバシーの娘が、このツールは鷹にそっくりだと言ったことで商品名が決まりました。アイスホークは、登山者が氷にツールを打ち込み、柄の部分に足を掛けながら登るので、ユマールを使用して少しずつ登っていく方法に似ていました。

1979年

MSRストーブの初登攀
1979年、ジョン・ロスケリー、ビル・フォレストを含む計4名のオールスターチームは、パキスタンのウリビアホータワーの登攀にMSRのストーブを携帯しました。
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1979−ウリビアホータワーへの遠征
1979年、ジョン・ロスケリー、ビル・フォレストを含む計4名のオールスターチームは、未踏の花崗岩の探査のためにパキスタンのウリビアホータワー(6,083m)を登りました。チームが携帯していたMSRのストーブは良く機能し、4人はオビアスライン(VII 5.8 A4)の初踏破に成功しました。後にビル・フォレストは、MSRスノーシューの開発者としてMSRの強力なパートナーとなります。

1980年

ヘルメットの無償交換
MSRは事故や転倒などに巻き込まれたすべてのヘルメットを無償交換することにしました。
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1980−ヘルメットの交換
ユーザーが常に安全なヘルメットを使用できるよう、また事故が起こった際にヘルメットがどのような状態になるかを研究するため、MSRは事故や転倒などに巻き込まれたすべてのヘルメットを無償交換することにしました。交換時には事故にあったヘルメットの回収を求め、当事者より事故の詳細を聞くことで、より安全なヘルメットのデザインを生み出していきました。

1981年

REIがMSRを買収
1981年、シアトルに拠点を置くアウトドア企業のREIがMSRを買収しました。買収により、MSRはペンバシーによる個人所有の時代を終えることになりましたが、MSRのデザイン、生産施設はそのまま維持され、革新性と優れたエンジニアリングによる開発力、安全基準を改善するために深く関与する姿勢、山こそが全ての中心という社風はそのまま受け継がれました。

MSRの燃料ボトル
より安全な燃料ボトルが必要と感じたMSRでは、1981年、燃料ボトルの設計に着手しました。
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1981−燃料ボトル
より安全な燃料ボトルが必要と感じたMSRでは、1981年、燃料ボトルの設計に着手しました。初代のボトルは22ozの燃料が入るものでした。その後、現行サイズと同じ11oz、20oz、30ozの3サイズが登場しました。燃料ボトルの色は数十年前から変わらず、消火器と同じ色の赤でペイントされています。

4節のプローブ
MSRのプローブは雪崩で埋もれた登山者を素早く見つけ助け出せるよう設計されました。
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1981−プローブ
雪崩の危険性は雪山においては避けることのできないものです。MSRの4節からなるプローブは、軽量で、万が一雪崩に遭遇した時に埋もれた登山者を素早く見つけ、助け出せるよう設計されました。

1982年

ウィスパーライトストーブの登場
ホワイトガソリン専用のウィスパーライトストーブは、大好評でベストセラーになりました。
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1982−ウィスパーライトストーブ
ホワイトガソリン専用のウィスパーライトストーブは、大好評でベストセラーになりました。この新しいストーブは、わずか340gという当時のストーブでは考えられないような軽さで、フィールドでの機能性、効率性に大変優れ、クックセットの内部に収納できるようコンパクトに折りたためました。このウィスパーライトは風が吹く中や気温の低い場所でも、他のエクスペディション用ストーブと同じような性能を発揮する上、荷物の軽量化に大きく貢献しました。

1983年

調理に強いファイヤーフライ
1983年、MSRは効率的にホワイトガソリンを燃やし火力を微妙にコントロールすることのできる、ファスト&ライトのファイヤーフライを発表しました。
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1983−ファイヤーフライストーブ
1983年、MSRは効率的にホワイトガソリンを燃やし火力を微妙にコントロールすることのできる、ファスト&ライトのファイヤーフライを発表しました。重量約425g、フィールドでのメンテナンスができるこのストーブは、市場に出ていたストーブの中でも最も軽量でコンパクトなストーブの一つで、大きな鍋を乗せても安定する五徳と折たたみ式の脚のデザインが特徴でした。

1985年

南極遠征
ロバート・スワン、ロジャー・ミアー率いるイギリスとカナダの合同チームは、1985年、南極大陸に向け出航し、約1,450kmの陸路を進み続け南極点に到着しました。
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1985−スワンとミアーの南極遠征
ロバート・スワン、ロジャー・ミアー率いるイギリスとカナダの合同チームが南極大陸に向け出航したのは1985年のことでした。約1,450kmの陸路を越冬しながら進み続け、南極点に到着したのは、70日後の1986年1月11日のことでした。ウィスパーライトはこの南極遠征でも大活躍し、チームは流氷によって船が破壊さるなどのトラブルに見舞われましたが、ウィスパーライトは安定して活躍し続けました。

MSRヘルメットでの初登攀
1985年、エリック・ブラント他3名はバフィン島のトール山(約1,675m)西壁を直登ルートで進み続けていました。
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1985−ブランド、バグリー、ベプラー、レッドラーンの遠征
1985年、エリック・ブランド他3名はバフィン島のトール山(約1,675m)西壁を直登ルートで進み続けていました。この時メンバーは落石に遭遇し、メンバーの1人にバスケットボール大の石が激突しましたが、MSRのクライミングヘルメットを装着していたため命拾いしました。

1986年

ヒートエクスチェンジャー付クックセット
MSRより新しく発売されたXPDクックセットには、1.5Lと2Lのスタッキングポットに、共通の蓋と、熱を逃がさず温度効率を高めるヒートエクスチェンジャーが付属していました。

1987年

コヨーテスノーピケット
1987年、MSRは全く新しい、クラシックスタイルのコヨーテスノーピケットを発売しました。
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1987−コヨーテピケット
1970年以来スノーピケットを製造し続けてきたMSRでは、とある社外の登山家でもある技術者により考案された新型のスノーピケットに改良を加え、1987年、全く新しい、クラシックスタイルのコヨーテスノーピケットを発売しました。この新世代のピケットはT字型を採用し、それにより表面積が増え保持力が増しました。また、ストレスのかかる部分への熱処理を増やし航空機品質のジュラルミンを使うことで従来よりも少ない力で抜き取ることができました。この、強度が50%も増した新しいピケットはMSRピケットの完成形となり、今日に至るまでほぼ当時と同じデザインのまま流通し続けています。

アルパインクックセット
MSRは人気のXPDクックセットをシンプルにしたアルパインクックセットの販売を開始しました。
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1987−アルパインクックセット
MSRはミニマリストのユーザーからの声に応えて、人気のXPDクックセットをシンプルにしたアルパインクックセットの販売を開始しました。このセットは、ヒートエクスチェンジャーを除く1.5Lと2Lのアルミ鍋と蓋だけのシンプルなセットでした。

1988年

ブタンガスアダプターバルブ
寒冷地や標高の高い場所でストーブを使用する場合、液体燃料をポンピングしてガス化する方法もよく機能する一方、ブタンガスカートリッジの方が使いやすいことは事実です。
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1988−K28バルブ
寒冷地や標高の高い場所でストーブを使用する場合、液体燃料をポンピングしてガス化する方法もよく機能する一方、ブタンガスカートリッジの方が使いやすいことは事実です。MSRストーブにブタンガスカートリッジを使えるようにするためには、圧力のかかったガス缶に負けない火力コントロールを可能にするアダプターバルブの開発が必要でした。1988年、MSRは密閉性を確保するセルフシールK28の開発に成功し、MSRイソブタンキャニスターに使用しました。

ウィスパーライトはインターナショナルへ
ウィスパーライトはコンパクトで軽量なデザインが特徴である一方、使用できる燃料がホワイトガソリンのみであるため、その使用は燃料の入手が可能な国に限られてしまいましたが、ウィスパーライトインターナショナルがこの問題を解決しました。
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1988−ウィスパーライトインターナショナルストーブ
ウィスパーライトはコンパクトで軽量なデザインが特徴である一方、使用できる燃料がホワイトガソリンのみであるため、その使用は燃料の入手が可能な国に限られてしまいます。1988年、MSRは灯油も使用できるウィスパーライトインターナショナルを世に送り出すことにより、この問題を解決しました。これにより、極地を目指す登山家や世界中を旅する冒険家達が軽量かつ調理しやすいストーブを携帯できるようになりました。

セルフクリーニングストーブ
シェイカージェットテクノロジーは、現在全てのMSR製の液体燃料ストーブに採用されています。
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1988−シェイカージェット
MSRのストーブはどこにいてもフィールドでのメンテナンスが可能ですが、1988年、MSRは更なる改良を重ね、詰まりがちになるXGK IIストーブのジェット部に革命ともいうべきシェイカーニードルを取り付けることに成功しました。その結果、ストーブの使用時に燃料がスムーズに流れるようになり、未使用時には,持ち運ぶときの振動を利用しニードルを揺らし、燃料ジェット内を自動クリーニングすることが可能となりました。このシェイーカージェットテクノロジーは、現在全てのMSRの液体燃料ストーブに採用されています。

1989年

ラピッドファイヤーキャニスターストーブ
1989年、ブタンガスのみを使用するストーブ、ラピッドファイヤーが発表されました。このストーブはガス燃料の扱いやすさと耐久性の高さが特徴でした。また他のガスストーブとは異なり、風の影響を受けるコンディションでも問題なく作動しました。
※ラピッドファイヤーは日本未発売です。

1990年

最初のドロメダリーバッグ
水源から遠く離れた場所でキャンプをしたことが一度でもあるならば、ドロメダリーバッグの便利さが理解できるでしょう。
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1990−ドロメダリーバッグ
水源から遠く離れた場所でキャンプをしたことが一度でもあるならば、ドロメダリーバッグの便利さが理解できるでしょう。これはMSRが1990年に発売を開始したもので、今なお販売されています。当時は2Lと4Lの2サイズ展開で、耐久性のあるナイロンとポリウレタン製のバッグ、3-in-1キャップシステムが特徴でした。

ウォーターワークス
MSRはバックカントリーを楽しむ人々がより簡単に飲料水を確保できるよう、ウォーターワークスを開発しました。
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1990−ウォーターワークス給水用フィルター
アルピニスト達が雪を溶かして飲料水を確保する一方、バックパッカー達は河川から水を得ています。そこでMSRは、バックカントリーを楽しむ人々がより簡単に飲料水を確保できるよう、ウォーターワークスを開発しました。この浄水器には、細かさの異なる4層のフィルターが使用され、登山者を水中のバクテリアや原生動物などから守りました。

南西尾根からの登攀
1990年、ビル・クロウスとアラン・カーニーは、アマダブラム(約6,812m)の1,500m続く南西尾根(VI 5.9)からの登攀に挑戦する際に、信頼していたMSRのピケット、ストーブ、ウォーターワークスフィルターを使いました。

MSRのホワイトガソリン
世界中どこでもホワイトガソリンを購入することはできますが、必ずしもその品質が同じであるとは限りません。1990年、MSRはキャンプ時の使用を目的としたストーブに特化した高スペックなMSRホワイトガソリンの販売を開始しました。

ベルクロ兄弟の自転車遠征
1990年代初頭には、ベルクロ兄弟の名で知られているスティーブ・ベレマーとピエール・ボウチャードが、自転車による世界一周に成功しました。MSRは赤道一周を上回る49,879kmの全行程でギアのサポートをしました。

1991年

カラビナ試験用施設
MSRは先進的なカラビナ試験場と製造施設の使用を開始しました。
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1991−カラビナ試験
1991年、MSRは先進的なカラビナ試験場と製造施設を設け、クライミングギアにおける独自の試験法、製造工程を確立しました。この世界基準の施設でMSRはカラビナの設計に革命を起こし、カラビナ試験の新しい方法を考案しました。

ファントムウォール
ジェイ・スミスとポール・ティアは2度の失敗を経験した後、ハンティントン山(3,730m)の北面の、彼らがファントムウォール(VI、5.10、A1、M5)と呼んだ、煙突状の1,829mのルートからの初登攀に成功しました。携帯したMSRのストーブは雪を溶かしその機能を発揮しました。

1992年

カラビナの全数試験
MSRは自社のカラビナ製造施設で、カラビナの強度と品質を5段階に分け全数検査することを開始しました。
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1992−カラビナ試験
MSRは自社のカラビナ製造施設で、カラビナの強度と品質を5段階に分け全数検査することを開始しました。さらに3シグマ法を用いてロットの強度評価を正確に行いました。MSRが確立した試験方法は大変効果的であったため、1992年にはカラビナ業界全体がこの試験方法を採用し、今日に至るまで広く使用され続けています。

ビル・クロウスによるアンナプルナ遠征
1992年、米国アンナプルナ遠征隊の一員であったビル・クロウスは遠征時の携帯品にMSRのストーブとピケットを選択しました。この遠征は酸素補給やシェルパによるサポートなしの第一峰8,091mへの挑戦でしたが、コンディションの悪さにより成功には至りませんでした。

ウィスパーライトインターナショナルの改良
当時のウィスパーライトインターナショナルはホワイトガソリンと灯油のみ使用できましたが、使用時に出るカーボンで詰まることが問題でした。
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1992−ウィスパーライトインターナショナル600
当時のウィスパーライトインターナショナルはホワイトガソリンと灯油のみ使用ができましたが、使用時に出るカーボンでノズルが詰まることが問題でした。また発展途上国やアラスカでは、ホワイトガソリンや灯油の入手自体が難しいこともあり、MSRではカーボンの詰まりを解決すべく、ストーブにシェーカージェットニードルを取り付けるだけでなく、自動車、航空機用燃料でもストーブを使えるよう改良を加え、ウィスパーライトインターナショナル600を開発しました。

1993年

スミスとアンカーの遠征
ジェイ・スミスとコンラッド・アンカーは、1993年に南極大陸のクラドック山(4,368m)及びヴィンソン山(4,892m)に再挑戦する際、MSRのストーブを携帯しました。

I-ビームカラビナ
1993年、MSRは自社のカラビナ研究開発施設で握りやすいI-ビームフレームを持つカラビナを開発しました。
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1993−Iビームカラビナ
1993年、MSRは自社のカラビナ研究開発施設で握りやすいI-ビームフレームを持つカラビナを開発しました。3シグマ法を用いてテストされたカラビナの材質は航空機品質のジュラルミン7075-T6で、このユニークなI-ビームフレームは負荷のかかる部分に合わせて材質や太さを調整していました。

1995年

販売数100万台を達成
1995年、MSRストーブの販売台数はラリー・ペンバシーがMSRを始めた頃には想像したことすらなかった100万台に達しました。
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1995−ストーブの販売数が100万台を達成
1995年、MSRストーブの販売台数はラリー・ペンバシーがMSRを始めた頃には想像したことすらなかった100万台に達しました。生産が始まってから25年足らずでMSRのストーブはヒマラヤ、北極、南極、パタゴニアなどの極地、焼き付ける太陽が降り注ぐ砂漠地への遠征においてその機能性を証明しました。

トランゴタワーの60日間
トッド・スキナー、マイク・リリーグレン、ジェフ・べクテル、ボビー・モデルから成るオールスターチームは、1995年パキスタンのトランゴタワー(6,286m)に60日間滞在しました。
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1995−トランゴタワー遠征
トッド・スキナー、マイク・リリーグレン、ジェフ・べクテル、ボビー・モデルから成るオールスターチームは、1995年パキスタンのトランゴタワー(6,286m)に60日間滞在しカウボーイダイレクト (VII 5.13a)へ挑戦しました。MSRはこの遠征のスポンサーとなり、MSRのギアでチームの成功を支えました。

1996年

セラミックフィルター
1996年にはマラソンセラミックエレメントを採用したウォーターワークスUとミニワークスマイクロフィルターの2モデルの浄水器を発売しました。
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1996−ミニワークスセラミックフィルター
1994年、MSRは当時の市場で初めてカーボンとセラミックの利点を兼ね備えたウォーターワークスフィルターを発売しました。これによりフィルターの性能が上がり、大人数や厳しい条件下でも浄水がしやすくなりました。この一連の経験によりMSRのセラミックフィルターへの知識は深まり、1996年にはマラソンセラミックエレメントを採用したウォーターワークスUとミニワークスマイクロフィルターの2モデルの浄水器を発売しました。MSRのシアトル工場で製造されたマラソンセラミックフィルターは、アメリカ環境保護局で定められた細菌除去の要件を超える環境下で徹底的に試験されました。そして1997年、MSRは更なる安全性を求め社内の細菌研究所で品質テスト、水質処理の研究ができるよう必要な設備を揃えました。

ハンディーストーブベース
それまで市場には信頼できるストーブベースが存在せず、フリスビーをひっくり返したような簡易的なストーブベースが一般的でした。そこで1990年半ば、MSRは腐食防止処理を施したアルミと真鍮でできたトリリウムストーブベースを発売しました。

デナリスノーシューのデビュー
著名な登山家でありギア開発者でもあるビル・フォレスト(1939-2012)は、最新の技術を使ったスノーシューこそ雪山に必要だと考えMSRのデナリスノーシューの開発に協力しました。
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1995−デナリスノーシューズ
著名な登山家でありギア開発者でもあるビル・フォレスト(1939-2012)は、最新の技術を使ったスノーシューこそ雪山に必要だと考えMSRのデナリスノーシューの開発に協力しました。このスノーシューには浮力を与えるために堅いプスチックデッキと、下面に鋭いトラクションレールが採用されています。また、様々な雪質、人間と荷物の重量、地形の傾斜角度等の条件を踏まえ理想的な浮力を得られるように、脱着可能なフローテーションテイルが開発されました。

1997年

アルパイン用フォールディング3点セット
MSRのアルパインフォールディング3点セットは、軽くて耐久性の高いプラスチックスプーン、スパチュラ、ストレイナーの3点セットで、持ち運びやすいように小さく折りたたむことができます。

シプトンスパイア遠征
1997年、ジャレッド・オグデンとマーク・シノットは、パキスタンにあるシプトンスパイア(5,885m)への25日間、27ピッチの遠征にMSRのストーブを携帯しました。オグデンとシノットは厳しい新ルートを開拓しながらシップオブフールズ (VII 5.11 A2 WI 6)からの登頂に成功し、全1,300mの行程を踏破しました。

1998年

ドラゴンフライ
MSRのドラゴンフライストーブは1998年に発売開始されました。
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1998−ドラゴンフライストーブ
バックカントリーを楽しむ人はドライフードを戻すためのお湯を作るためだけにストーブを使うのではなく、調理もしたいと考えていました。そこで1998年、MSRは火力コントロールのできるドラゴンフライストーブを発売しました。現在でも生産が続くこのストーブは、つまみをまわすことで弱火から強火まで炎を確実にコントロールすることができます。安定した脚を持ち大きめの鍋にも対応します。またノズルのクリーニングが簡単に行えるシェーカージェットニードルが付属し、どんなタイプの燃料でも使用することができます。さらに革新的な設計により、使用時の組立てサイズの3分の1の大きさまでコンパクトに収納できます。

機能と品質を兼ね備えたクックセット
1998年、MSRは洗練されたクックセットの開発に取り組み始めました。チタン製のクックセットのタイタンやアルミ製のクッキングキットのブラックライトを発売し、その後、ファスト&ライトシリーズのクックウェアを多く発売していきました。
                
コールオブザワイルドへの初登攀
スティーブ・ハウスとジョー・ジョセフソンは、セントイライアスにあるキングピークのコールオブザワイルド(VI WI6)の初登攀にアルパインスタイルで挑み、その際MSRの XGK™ストーブを携帯しました。
                
伸縮型ポール
1988年に発売されたガベルポールは、軽量アルミを使用し、伸縮式のシャフトと人間工学が取り入れられたグリップが特徴で、トラクションコントロールと安定性に優れていました。

1999年

ハンギングストーブ
1999年、MSRから超小型ストーブのスーパーフライが発売されると、ブタン燃料ストーブに革命が起こりました。
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1999−スーパーフライストーブ
1999年、MSRから超小型ストーブのスーパーフライが発売されると、ブタン燃料ストーブ革命が起こりました。このポケットサイズのストーブは、自動スタート点火機能、ノコギリ状の五徳、使いやすいバルブ操作による完璧な炎のコントロール機能が特徴でした。MSRはまた、スーパーフライをビッグウォールやアルパインスタイルの登山で吊り下げ用の軽量ストーブとして使えるよう、アッセントチタンハンギングキットシステムを発売しました。これは自立式のストーブを簡単に吊り下げ式にすることができるシステムでした。

シノットとオグデン、ロウの遠征
1999年、マーク・シノット、ジャレッド・オグデン、アレックス・ロウから成る米国オールスターチームは、MSRのギアを携帯しパラレルワールド (VII 5.11 A4)への遠征を敢行しました。これは、グレートトランゴタワーのウェストサミット(6,281m)への登攀を目的としたもので、登攀には壮大なウェストサミットを登るために開拓された2本あるルートの1本が使われました(当時、登攀するには2本のルートのどちらかを通るしかありませんでした)。

リベッキーの単独登頂
マイク・リベッキーは1999年、桁外れに突き出た600mの高さを有するスコット島のヒナヤナ (VI 5.8 A3+)を登るのに、MSRのXGK™とドラゴンフライを携帯しました。

2000年

スウィートウォーターフィルター
MSRは新しい素材、今までとは違うデザインを用いて従来よりも小型で軽量、かつ信頼できる携帯用浄水器を発表しました。
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2000年代初頭−スウィートウォーターマイクロフィルター
コアな登山者達は、常に「軽いものがベスト」と考えています。この価値観は1990年代後半から2000年代初頭にかけてピークを迎えました。そこでMSRでは、新しい素材と今までとは違うデザインを用いて従来よりも小型で軽量、かつ信用できるバックカントリーギア製品、スウィートウォーターマイクロフィルターを発表し、登山者達の負担を減らすことに成功しました。

ウォーラス
2000年、REIはテントメーカーのモス、ウォーラス、アルマジロをMSR傘下に置き、優れたテント開発のノウハウをMSRギアの強力なラインナップに取り入れました。 続きを読む »

2000−テントメーカーの合併
2000年、REIはテントメーカーのモス、ウォーラス、アルマジロをMSR傘下に置き、優れたテント開発のノウハウをMSRギアの強力なラインナップに取り入れました。またこの年、ウォーラスのトレッカータープは、バックパッカーマガジンのエディターズチョイスを受賞しました。この超軽量設計がとても実用的だったことから、このタープのDNAは今もなおMSRのミニマリストシェルターに引き継がれています。

キチャトナ スパイア遠征
2000年6月、ジェイ・スミスとネイサン・マーティンはアラスカのキチャトナ スパイアで、カプセルスタイルによる往復52時間をかけた、アズグッドアズイットゲッツ(VI 5.11c A3+)ルートの開拓にMSRのギアを携帯しました。

2001年

クリス・ワーナーが創った歴史
MSRのギアは次世代の登山家達を奮起させ、アメリカの登山における歴史を創ったワーナーの挑戦を成功に導く一助となりました。
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2000−ワーナーの遠征
アメリカの登山家達にとって、それまで8,000m級の登頂はチームでアタックすることが一般的でした。しかし2001年にクリス・ワーナーはアメリカ人として初めて、チベットのシシャパンマ(8,013m)の単独登頂に成功しました。これは南側の2,134mのルートからの34時間ノンストップの登攀でした。MSRのギアは次世代の登山家達を奮起させ、アメリカの登山における歴史を創ったワーナーの挑戦を成功に導く一助となりました。

カスケードデザインへの売却
1981年にラリー・ペンバシーからMSRを買収したアウトドア小売業の大手REIは、その所有権を2001年8月にカスケードデザイン社に売却しました。シアトルを拠点としていたMSR同様、設立当初からシアトルに拠点を置いているカスケードデザイン社は、高品質で革新的なギアを世に送り出してきた歴史や山をこよなく愛する社風などMSRと重なる部分が多く、その選択はとても自然なものでした。

ポケットロケットストーブ
ポケットロケットは2001年に発売が開始され、現在もなお生産され続けているストーブです。
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2001−ポケットロケットストーブ
ポケットロケットは2001年に発売が開始され、現在もなお生産され続けているストーブです。わずか85gの軽さでフルレンジの火力を持つポケットロケットは、アルパインスタイルの登山や、バックパックでのファスト&ライトのために開発され、MSRで最も人気のあるストーブのひとつになりました。MSRは更に小型のブタン燃料ストーブ、マイクロロケットストーブを2012年に発売しました。このストーブはMSRの耐熱マグカップの中に納まるほど小さく収納できるものでした。
※ポケットロケットストーブ、マイクロロケットストーブは日本未発売です。

MSRテントの再出発
2001年、MSRはモス、ウォーラス、アルマジロのテントメーカーで培った技術をもとに、MSRテントを開発しました。
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2001−再出発
2001年、MSRはモス、ウォーラス、アルマジロのテントメーカーで培った技術をもとに、MSRテントを開発しました。MSRは現在でもなお、ヒマラヤやパタゴニアを目指すコアなユーザーからカジュアルなバックパッカーに向け、様々な種類のテントを作り続けています。

フォックスジョーシルク
マイク・リベッキーは2001年、グリーンランド東部フォックスジョーシルクの約549m、11ピッチのティアーズインパラダイス 、およびインサイザーのルートを開拓した遠征にMSRのギアを携帯しました。

2002年

フォレイカー山のインフィニット稜
1977年にマイケル・ケネディーとジョージ ・ロウが6日間をかけて達成したフォレイカー山のインフィニット稜(VI 5.9, M5, AI 4)は、長い間アラスカで最も困難なルートとされていました。しかし2002年、スティーブ・ハウスとローランド・ガリボッティは、アルパインスタイルで約5,304mに挑戦し25時間で踏破に成功しました。その時に携帯していたのがMSRのXGK™ストーブでした。

MIOX 浄水器
MSRはアメリカ陸軍と協力し、2000年代初めにMIOX(混合オキシダント)水質浄化システムを開発しました。
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2000年代初頭−Miox浄水器
MSRはアメリカ陸軍と協力し、2000年代初めにMIOX(混合オキシダント)水質浄化システムを開発しました。MIOXは少量の塩分と微電流で殺菌液を生成するシンプルな構造で、全てのウィルス、バクテリア、ジアルジア、クリプトスポリジウムを不活性化し浄水しました。

2003年

シマーライトストーブ
2003年、MSRはホワイトガソリン専用のシマーライトを開発しました。このストーブはサマーシーズンの登山者やバックパッカーから求められていた耐久性、軽量性に対応したストーブでした。

遠征時にも使えるフィルター
遠征中は何度も水を浄水するので、浄水器には大きな負担がかかります。これに対処するため、MSRのエンジニアチームは最新式のエアスプリングアキュムレーターを開発しました。
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003−ウォーターワークスEXフィルターとミニワークスEXフィルター
遠征中は何度も水を浄水するので、浄水器には大きな負担がかかります。これに対処するため、MSRのエンジニアチームは最新式のエアスプリングアキュムレーターを開発し、ポンピングによって水を汲み上げる速度を従来よりも45%早めることに成功したウォーターワークスEXフィルター、コンパクトなミニワークスEXフィルターを発売しました。シンプルな構造で信頼できるMSRのミニワークスフィルターは、今もなお世界で最も売れている携帯浄水器のひとつです。

2004年

南極における功績
2004年、MSRが共同スポンサーとなった南極クイーンモードランドへの遠征で、マイク・リベッキーとジョン・ヘリングは、フェンリス西側からのルートにヘリング−リベッキールート (VI 5.10 A4)を構築しました。

登山者用スノーシュー
登山家でもあり伝説的なギア開発者のビル・フォレストとMSRは、登山に適したスノーシューを共同開発しました。
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2004−ライトニングスノーシュー
2004年、登山家でもあり伝説的なギア開発者のビル・フォレストとMSRは、登山に適したスノーシューを共同開発しました。このスノーシューは外周の板状のアルミフレーム自体にトラクションコントロール(グリップ力)を持たせるため歯型を付け、アルミフレームを強化するため横方向に鉄製のバーで補強されていました。バインディングはしっかりとシューズを固定し、スノーシューでは初めてヒールリフターが装備されました。

ハバテントの登場
MSRから軽量、ワンポール式のバックパッキング用テント、ハバシリーズが登場したのは2004年のことでした。
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2004−ハバシリーズ
MSRから軽量、ワンポール式のバックパッキング用テント、ハバシリーズが登場したのは2004年のことでした。雨、風、雪をしのぎ通気性に優れたハバテントの重量は軽く、携帯性に優れたものでした。このワンポール式は現在でもハバシリーズテントの基本となっており、MSRの次世代テント、ハバNXシリーズにも採用されています。

2005年

セベランスリッジの初登頂
2005年、MSRが長年スポンサーを務めていたサミュエル・ジョンソン、ジェレミー・フライマー、ジョナサン・クリアウォーターが、パキスタン辺境のバルトロ氷河の遠征で、ライマンスピッツァーカッティングエッジ賞を受賞しました。チームはトランゴII(約6,327m)のセベランスリッジからの初登頂を、5日間のアルパインスタイルで挑戦し成功させました。

コンパクトなXGK™ EXストーブ
MSRのエンジニアチームは世界中で圧倒的な支持を得ていた遠征用ストーブ、モデル9DFのDNAをそのまま受け継いだ製品を開発しました。
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2005−モデルXGK™ EXストーブ
1975年、MSRのエンジニアチームは後に世界中で圧倒的な支持を得ることになる遠征用ストーブ、モデル9DFを発表しました。その後いくつかのストーブモデルが登場し、常に進化を遂げ続けていたMSRのストーブは、2005年、その完成形となるXGK™ EXを発売しました。現在に至るまで販売し続けられているXGK™ EXは、今日におけるストーブの絶対的な基準となり、MSRのその他のストーブと同様にノズルのクリーニングが簡単に行えるシェーカージェットニードルが付属しています。また、どんなタイプの燃料も使用することができる遠征レベルのストーブであるにも関わらずコンパクトに収納することができます。

極限の登山
ナンガ・パルバット(8,126m)は「人喰い山」として恐れられ、そのルパール壁中央側稜(約3,810m)は、挑戦する者に畏怖の念を抱かせる壁として知られていました。伝説となった、ラインホルト・メスナー とギュンター兄弟が最初にこの壁の登頂に成功したのは1970年のことでした。しかし、下山途中でギュンターが命を落とすという悲劇にみまわれました。2004年には、スティーブ・ハウスとブルース・ミレーがルパール壁中央側稜の登頂に挑み、セントラルピラーに新しいルートを確立する寸前、頂上まであと610mを残した7,498m地点で、ひどい高山病のために下山を余儀なくされました。2005年、ハウスはヴィンス・アンダーソンとアルパインスタイルでセントラルピラーに再挑戦し、アンダーソン−ハウスルート (13,450 feet, M5 X, 5.9, WI4)の確立に成功しました。登攀に4日、下山に2日かかり、登山史における最も過酷な登攀として記憶されることになったこの挑戦に、MSRのWindPro™が使われました。
※WindPro™は日本未発売です。

2006年

ファスト&ライトフィルター
MSRはそれまで浄水器が抱えていた大きさと重さの問題を、中空糸膜を使用したハイパーフローマイクロフィルターを開発することで解決しました。
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2006−ハイパーフローマイクロフィルター
2006年、MSRはそれまで浄水器が抱えていた大きさと重さの問題を、中空糸膜を使用したハイパーフローマイクロフィルターを開発することで解決しました。この革新的な浄水器にはプレフィルターとどんなボトルにも装着できるキャップが付属していました。
※ハイパーフローマイクロフィルターは日本未発売です。

風洞実験
MSRでは開発したテントに対して厳しい風洞テストを行い、強風対策をしています。
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2006−風洞
MSRでは開発したテントに対して厳しい風洞テストを行い、強風対策をしています。2006年にウィンド2テントをワシントン大学の風洞実験室でテストした結果、風速47.5mの強烈な風に耐えました。

2007年

リアクターストーブシステム
MSRのリアクターストーブシステムは、最高水準のエンジニアリングによって、世界最速で最も効率的なストーブとして登場しました。
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2007−リアクター
標高の高い山を登山する者にとって、いかに素早く雪を溶かし水をつくり出すかということが常に課題となっていました。2007年、MSRが最先端技術を備えたリアクターストーブを発表すると、ストーブ業界に再び革命が起こりました。ユニークな放射線状バーナーの上に鍋を載せ、完全に結合させてバーナーを囲み込むことで耐風性を確立し、厳しいコンディションの中でも驚くほど短時間で水を沸騰させることを実現しました。信頼性の高いコンパクトな設計のリアクターは、MSR IsoPro™燃料を素早く装着でき、足場の悪いところでは吊下げることが可能で、今日に至るまで販売し続けられているストーブです。2012年には、ヨセミテのダウンウォールの歴史的登攀に成功したトミー・カルドウェルとケビン・ジョーゲソンがその挑戦にリアクターを携帯しました。
※リアクターは日本未発売です。

2009年

テントの室内容積
MSRはテントの室内容積を表示する北米初のテントメーカーとなりました。
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2009−テントのサイズ表示方法
従来、テントのサイズ表示は各メーカーによってまちまちでした。2009年、MSRはテントの室内容積を表示する北米初のテントメーカーとなりました。吹雪の中で何日も耐えなくてはならない状況など様々なコンディションを想定し、ユーザーがより過ごしやすいテントを選択する参考になるよう、現在MSRでは全てのテントにおいてフロア面積、室内最大高に加え、室内容積を表示しています。

スノーシューの角度調整機能システム
MSRは角度調整機能システムを搭載した革新的なスノーシューを発表しました。
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2009−アクシスクランポン
雪山登山において、スノーシューはその能力を最大限に発揮します。しかし、歩行時にスノーシュー同士がぶつかり干渉し合うと効率的に歩行することができずフラストレーションがたまってしまいます。この問題解決のためにMSRは2009年、角度調整機能システム(Axis™ Gait Efficiency system)を発表しました。これはスノーシュー同士が干渉することのないよう、爪先部分を内股・外股傾向に合わせ角度を調整することができるものでした。

2011年

カーボンファイバーテント
カーボンファイバーによる革命が起きると、MSRは2人用の超軽量テント、カーボンリフレックス2を発表しました。
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2011−カーボンリフレックス
2011年、MSRはカーボンファイバーポールを使用した革新的な2人用の超軽量テント、カーボンリフレックス2を発表しました。現在主流になっているファスト&ライトのさきがけとなったこのテントには、その後、1人用、3人用のテントもラインナップされました。

2012年

確実なポール
MSRのシュアロックシステムには、各節を突起ボタンで固定するポジティブロッキングのプッシュボタン構造が採用されました。
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2012−シュアロックポール
MSRのシュアロックシステムには、ポールの長さ調整を従来型のまわして止めるタイプとは違う、各節を突起ボタンで固定するポジティブロッキングのプッシュボタン構造が採用されました。7000シリーズのアルミを用いたMSRのポールは、シャフトの断面の形が三角形で回転しないので使いやすく、さらに人間工学を基にデザインされたグリップとストラップが用いられました。

ウィスパーライトがユニバーサルに
MSRのエンジニアチームでは、ひとつですべてをこなすことができるようなストーブの開発に取り組んでいました。その中でチームは主力製品であり、世界で最も信用されているストーブのウィスパーライトインターナショナルに着目し、液体燃料とブタンキャニスターの両方を使用できるようにしました。
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2012−ウィスパーライトユニバーサル
MSRのエンジニアチームでは、ひとつですべてをこなすことができるようなストーブの開発に取り組んでいました。その中でチームは主力製品であり、世界で最も信用されているストーブのウィスパーライトインターナショナルに着目し、液体燃料とブタンキャニスターの両方を使用できるようにしました。この革新的なアプローチにより生み出されたハイブリッド型ストーブは、どちらの燃料スタイルにも対応し、鍋の安定性も従来に比べて良く、ウィスパーライトの優れた性能と軽量さをそのまま維持するデザインでした。
※ウィスパーライトユニバーサルは日本未発売です。

2015

The Dawn Wall
2015年の冬に、トミーコールドウェルとパートナーのケビンジョルジソンは、史上最も困難なロッククライミングを成功裏に完了しました。MSRのReactor Stove Systemは、チームが次々とピッチを完成させ、世界を驚かせるのに重要な役割を果たしました。 19日間の長い日を経て、ヨセミテバレーの最も壮大なラインであるエルキャピタンのThr Dawn Wallを初めてフリークライミングしました。

2018

ローツェクーロワールの最初の降下
2018年これまでスキーヤーを拒み続けていたローツェクーロワールの滑降に成功しました。
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ローツェクーロワールは、世界で4番目に高いピークを急降下する、壮観なラインで世界中のトップスキーヤーに注目されていました。しかし、エベレスト山塊の一部であるローツェピークは8,414mの高さを誇り、その厳しい環境により、世界の偉大なアスリートがその頂点から滑るのを拒み続けてきました。しかし、2018年の秋、MSRのアスリートであるヒラリーネルソンとクライミングパートナーのジムモリソンは、MSRギアに支えられた大胆な遠征を開始しました。 9月30日の午後、嵐が近づいている中で、ふたりは岩だらけのピラミッドの上から最初にスキーを始め、7,000フィートの険しく変化する雪のコンディションを下り、ついに歴史に名を刻みました。

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